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ジャーナル論文と会議論文

論文を出す場所は、大きく二つに分かれます。 学術雑誌に載せるジャーナル論文と、学会の会議で発表する会議論文です。 発表の場にはこの二つのほかに、査読のない研究会や全国大会もあります。 全体の地図は第2部の 発表と投稿の場を見渡す にまとめました。 同じ研究でも、どちらに出すかで分量も、書く順序も、結果が返ってくるまでの時間も変わります。 そして、この二つは対立するものではありません。 ふつうは両方を使い分けながら、研究を育てていきます。

完成度の場と、速さの場

ジャーナルは研究の完成度と深さを見る場で、会議は新しさと速さを見る場です。 この違いは、まず紙面の量に出ます。 ジャーナル論文は8〜30ページ、会議論文は4〜8ページというのが、多くの分野でのおおよその幅です。

ジャーナル論文では、背景から結論まで、読者が全体像を掴めるように書きます。 方法の詳細、実験設計の根拠、結果の立ち入った分析、関連研究の網羅的な整理――これらを一本にまとめ上げる。 一本読めば、その分野の現状と課題が深くまで掴める。 まともなジャーナル論文はそう設計されていますし、書く側もそれを目指して書きます。 最初に他人のジャーナル論文を読んだとき、情報量の多さに圧倒されて「これと同じものを書けるようになるのか」と心が折れかける――どの分野でもよくあることです。 でも、その密度こそがジャーナル論文の価値なのだ、と後から分かってきます。

会議論文はその逆で、核心になるアイデアや発見だけを残します。 「この研究で一番重要なメッセージは何か」を絞り込む作業が、そのまま執筆になる。 冗長な説明や副次的な発見を削ぎ落として残った部分こそが、本当に伝えたかったことだったりします。 この絞り込み自体が、研究者としての思考を鍛える修行になる――僕はそう思っています。

ジャーナルの査読は往復で進む

ジャーナル論文で覚悟しておくことは、一回では終わらない、という点です。 投稿から掲載までは半年から2年かかり、その間に2〜4名の専門家が詳細なレビューを書きます。 そして最初の判定は、たいてい「修正して再投稿せよ」です。 指摘に応じて論文を直し、何をどう直したかを説明する文書を添えて出し直し、また読まれる。 この往復が二度三度続くことは珍しくありません。

「この実験設計では結論を支持するのに不十分ではないか」「この解釈には別の可能性もある」――こうした批判を受けて、研究の質は確かに上がります。 ただ、厳しいコメントが来て凹むのも事実です。 査読結果を読んでしばらく食欲がなくなる、というのは多くの研究者が一度は通る道です。 それでも往復のなかで、論文だけでなく自分の研究力そのものが育っていく。 そこに気づくと、査読に出すことへの心理的なハードルが少し下がります。

この性格を知っていると、執筆のスタンスも決まります。 ジャーナル論文でよくはまるのが完璧主義で、「もう少しデータを集めてから」「理論をもっと深めてから」と考えているうちに書き始められない。 僕の指導した学生でも、データが揃ってから半年以上、執筆に手をつけられずにいた子がいました。 気持ちはよく分かります。 ただ、査読が往復である以上、初稿は完成品でなくてかまいません。 現時点での最善の形で一度まとめ、査読の過程で磨く ――これが現実的なやり方です。

査読結果の区分と、コメントへの返答の書き方は、第7部の 論文投稿プロセス で実務として扱います。

会議は採択率とページ数で決まる

会議論文の側の事情は、採択率とページ制限です。

トップ国際会議は採択率が10〜20%ということも珍しくありません。 そして会議の判定は、原則として一度で決まります。 著者に反論の機会を与える会議もありますが、ジャーナルのように「直して出し直す」往復があるわけではない。 落ちたら次の会議に出し直す、というのが基本の動きです。 速報の場とはいえ、投稿の時点である程度の完成度が要る、ということになります。

ページ制限は厳しく、参考文献まで含めて何ページ、という決まり方をすることも多い。 書いてから削るより、書く前に何を落とすかを決めるほうが早く終わります。 ここで効くのが「伝えたいメッセージを一つに絞る」ことです。 複数の貢献を詰め込むと、かえって印象が散ります。 一つの強いメッセージに集中したほうが、記憶に残る論文になります。

読者層が多様であることも意識しておきたい。 あなたの専門分野の研究者だけでなく、関連分野の人、学生、実務家まで読みます。 専門用語は最小限にして、研究の意義と成果を平易に書く。 分野外の知人に下書きを見せると、自分が無意識に使っていたジャーゴンが浮かび上がります。

そして会議論文は、論文だけでなく発表とセットで評価されます。 その場で質問を受け、議論を交わし、新しい視点をもらえるのは、ジャーナルにはない即応性です。 僕が学生の頃、ある国際会議で発表した直後に、世界的な研究者が来て「君の仮説には別の解釈もできる、こう考えたことはあるか」と話しかけてくれたことがありました。 あの五分の対話が、その後の研究を一段階押し上げてくれました。 プレゼンの組み立てと質疑応答の作法は、第7部の 口頭発表(オーラル) で扱います。

締切の性質が違う

意外と効いてくるのが、締切の性質の違いです。

会議には、年に一度の固定された投稿締切があります。 研究の進み具合に関係なくその日は来るので、締切から逆算して実験を組むことになる。 間に合わなければ、次の機会は一年後です。 この強制力は、研究を前に進める装置として使えます。 「この会議に出す」と決めて逆算すると、だらだら続いていた実験に区切りがつきます。

ジャーナルには締切がありません。 いつ出してもいい代わりに、いつまでも出さないこともできてしまう。 そして出したあとは、返事が来るまで待つしかない。 数ヶ月の待ち時間を次の研究に充てる習慣をつけておかないと、その期間がまるごと空きます。

どちらに出すか

判断の目安は、それほど複雑ではありません。

まだ固まりきっていないアイデアで、方向性へのフィードバックがほしいなら会議です。 「この方向で本当に行っていいのか」を判断する材料が、発表と質疑で一気に集まります。 検証が一通り済み、主張が固まって、それを腰を据えて書き切りたいならジャーナルです。

実際には、会議で反応を見てからジャーナルに発展させる二段階の使い方が多い。 会議でのフィードバックを踏まえて研究を改良し、包括的な論文に仕上げる。 分野によっては「修士で会議論文、博士でジャーナル論文」というテンプレート的な進み方も見かけます。 ただし、会議論文をそのままジャーナルに出すのは二重投稿です。 どこまで拡張すれば別の論文として扱われるかは分野と雑誌の規定によるので、投稿前に必ず確認してください。

どちらが業績として重く見られるかは分野で違いますし、学生のうちにどの順で出していくかにも定石があります。 そのあたりは第2部の 発表と投稿の場を見渡す に地図としてまとめました。 この章で押さえてほしいのは、出す先が決まったあとに 書き方がどう変わるか のほうです。