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新しいテーマへの展開

研究がひと区切りついて、論文や学会発表を終える。修論を出す、卒論を出す、大きなプロジェクトを締める。そういうタイミングで、必ずと言っていいほどやってくるのが「次の問いをどうするか」というフェーズです。

ここで多くの学生が戸惑います。「もうやることは出し尽くしたんじゃないか」「これ以上、新しいことなんて思いつかない」「最初のテーマは先生にもらったけど、次は自分で見つけないといけないのか」。あなたが今そう感じているとしても、それはまったく異常なことではありません。むしろ、そう感じる人のほうが圧倒的に多い。研究を一本仕上げたあとに、自分の頭が空っぽになったように感じるのは、ほとんど誰もが通る道です。

ただ、僕はこの段階を、研究人生における大きな分岐点として捉えています。 ここからが研究者としての本当の勝負どころ です。最初のテーマは、たいてい誰かに与えられたものか、研究室のテーマの延長線上にあるものです。でも、二本目、三本目と研究が続いていくとき、それを支えるのは、自分で問いを立て続けられる力です。その力を育てる最初の機会が、この「次の問いをどうするか」というフェーズなのです。

研究はサイクルであって点ではない

新しいテーマを探そうとして詰まったときに思い出してほしいのは、 研究は単発のイベントではなく、問いと答えが連鎖するサイクルである ということです。

ひとつの問いに対する答えは、必ず新しい問いを呼び起こします。「この結果は、他の状況でも成立するのか?」「制限条件を緩めると、どうなるのか?」「別の手法で再検証できるか?」「現場で実際に使うとどうなるのか?」「なぜそれは効くのか、メカニズムはどこにあるのか?」――終わった研究の周りには、いつもこういう問いが転がっています。終わった瞬間には見えにくいだけで、よく見ると、自分の手元にすでに次の問いが半分くらい用意されているのが普通です。

だから、新しいテーマを探すというのは、斬新なアイデアを天から降らせる作業ではありません。 既存の研究から自然に生まれてくる問いを、ちゃんと捕まえる 作業です。捕まえるためには、自分の研究をきちんと振り返る必要があります。何が分かって、何が分からないままだったのか。どこで諦めて、どこで保留にしたのか。その諦めや保留の中に、次の問いの種は埋まっています。

こうやって研究者は、個別の成果を積み重ねながら、研究領域全体の地図を少しずつ広げていきます。地図に空白を見つける才能は、ゼロから何かをひねり出す才能ではなく、自分の通ってきた道をきちんと振り返る力なのです。

リサーチアジェンダという地図

その振り返りを、もう一段大きな視座に置き直すための枠組みが リサーチアジェンダ です。

リサーチアジェンダというと、なにやら大層な響きですが、要するに「自分の研究計画と中長期的なテーマの見通し」のことです。一本の論文の計画ではなく、これから数年かけてどんな問いに取り組んでいきたいか、という地図のことを指します。

「やりたいことリスト」とは少し違います。やりたいことリストは、思いつくままに並べた願望の集まりですが、リサーチアジェンダはもう少し戦略的で、しかし同時に柔軟な計画です。頭に置いておきたい要素は、おおむね次の四つです。 自分の興味や問いの核心はどこにあるのか 。 その問いは、どんな研究分野、テーマ、手法につながっていくのか 。 短期・中期・長期で、どんな展望を描けるのか 。 他者(研究コミュニティや社会)にとって、どんな意義を持ちうるのか 。

この四つを、無理にきっちり決めなくて構いません。最初は粗くていいので、自分の頭の中にあるものを言葉にしてみる。それだけで、これから先の研究の進め方が、ずいぶん見通しよくなります。

リサーチアジェンダは、あなたと世界のあいだに橋を架ける設計図だと考えるとしっくりきます。自分の中だけにある興味は、まだ研究にはなりません。世界の側にある問題や知の空白と、自分の興味がどこで交わるのか。その交わりを言葉にしていく作業が、リサーチアジェンダの設定です。

過去の研究を棚卸しする

アジェンダを立てるときに、まずやっておきたいのが これまでの研究の棚卸し です。

具体的には、これまでの研究で何を明らかにできたのか、まだ解けていない問いや心に引っかかっている問いは何か、社会的・学術的にどんな文脈に接続しうるか――このあたりを、紙の上に書き出して整理していきます。頭の中だけでやろうとすると、たいてい同じところを堂々巡りします。一度外に出して、目に見える形にすることが大事です。

このプロセスを丁寧にやると、これまでの研究で諦めた論点、保留にした分析、もっと深めたかった現象が、過去の研究の周辺にしっかり残っていることに気づきます。新しいテーマは、必ずしもゼロから生み出さなくていい。自分がこれまで通ってきた道のなかに、すでに次の道筋の入り口が用意されています。

そしてこの棚卸しのプロセスでは、 メンターとの議論や、他の研究者との対話 が本当に効きます。一人の頭の中では片付かないものが、他者の言葉を通すことで急に形になるのは、よくあることです。「あなたの研究のここが面白かった」という一言が、自分では気づいていなかったテーマの核を照らしてくれることがある。だから、この時期は意識的に話す機会を増やしてみてください。

アジェンダを立てる視点

棚卸しを終えて、それでも次の形が見えてこないときに、自分に投げてみたい問いがいくつかあります。

なぜ、この問いが自分にとって重要なのか。現状の知見や方法で、何が分かっていて、何が分かっていないのか。誰の、どんな問題解決に貢献できそうか。どんなスキルやリソースが必要になるか。そして、小さなプロジェクトを積み重ねて、中長期的な展望につなげられないか。

こういう問いを掘っていくと、ぼんやりした「興味」が、だんだん具体的なテーマや計画に姿を変えていきます。最初の答えはたいてい曖昧なのですが、答えようとすること自体が、自分の中にある関心の輪郭を浮かび上がらせてくれます。

アジェンダは進化する

ひとつだけ念を押しておきます。 リサーチアジェンダは、一度決めたら動かせない硬い計画ではありません。

研究を進めるなかで、問いや関心が変わったり、新しい視点が割り込んできたり、社会の側から思いがけない要請が来たりするのは、ごく自然なことです。三年前に立てたアジェンダがそのまま今も有効、ということはむしろ稀で、たいていは半年から一年くらいの周期で書き換えながら使うものです。

その都度アジェンダを見直し、アップデートしていく柔軟さのほうが、硬く立派な計画よりずっと大事だと、僕は思っています。アジェンダの価値は、それを守り抜くことにではなく、節目ごとに自分の研究を見渡す視座を提供してくれることにあります。書き換えること自体が、研究者としての成熟のサインだと考えてみてください。

焦らないでほしい

最後に、ひとつだけ書いておきたいことがあります。

最初の研究テーマは、たいてい「与えられた課題」だと思います。やがて、自分の中から問いを立ち上げ、自律的に研究を進める段階に移っていく。この移行は、すぐには起きません。半年や一年、停滞感や「何も思いつかない時期」が続くこともあります。

でも、それは焦るべき時期ではありません。むしろ、そういう時期は、成長しているサインだったりします。最初のテーマを夢中でやり切ったあと、頭の中で次の問いがゆっくり熟成しているのです。表面的には停滞に見えても、内側では確実に何かが動いている。

だから、焦らないでください。これまでの成果を振り返り、人と対話し、文献を読み返し、少しずつ新しい道筋を探っていく。アジェンダは、あなたの研究人生と一緒に育っていく。そのくらいの気持ちで、手元の地図を書き換え続けていってほしいと思っています。