あとがき
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
長い本になりました。あなたがこの本をどんなふうに読んでくれたのか、全部を読んでくれたのか、それとも気になる章だけ拾ってくれたのかはわかりません。それでも、最後のページまでめくってくれていること自体が、僕にとっては嬉しいことです。
なぜこの本を書いたのか
正直に言うと、この本を書き始めた動機は、自分のためでした。
研究室で学生と話していると、同じような質問を何度も受けることに気づきました。研究テーマはどう決めるのか、時間をどう使うのか、論文が書けないときはどうするのか、リジェクトをどう受け止めるのか。毎回口頭で答えていましたが、そのたびに「前も同じ話をしたな」「言い忘れたことがあったな」と感じていました。それなら一度、自分の考えをちゃんと文章にしてみよう。そう思って書き始めたのが、この本の原型です。だからこれは、誰かに教えるための教科書というより、僕が自分の考えを整理した記録に近いものです。
書いていくうちに、単なるマニュアルには収まらないものになっていきました。研究のやり方を語ろうとすると、どうしても「どう生きるか」の話に接続してしまう。技法と心構えを切り離そうとしても、書きながら何度もうまくいかなくて、最後はもう諦めました。
迷いながら書いたこと
この本のなかには、僕が今も答えを持っていないことがたくさん書かれています。研究と私生活のバランスをどう取るか。競争的な学術の世界で、自分のペースを守るにはどうするか。AIが変えていくこれからの研究環境で、研究者の価値はどこにあるか。これらについて、僕はまだ途中の答えしか書けていません。
それでも書いたのは、「完成した答え」を待っていたら、この本は永遠に出せないと思ったからです。今の僕の、今の時点での、まだ揺れている答え。それを書き残しておくことにも、何かしらの価値があるのではないかと思っています。あなたがこの本のどこかで「それは違うんじゃないか」と思ったなら、それは正しい反応です。あなたの答えは、あなた自身の経験のなかで磨かれていくもので、僕の答えは参考の一つでしかありません。
これから始めるあなたへ
ここから先は、この本を読んでくれた人のなかでも特に、これから研究者としての旅を始めようとしているあなたに宛てて書きます。研究室に入ったばかりの人、進学を迷っている人、博士課程を始めたばかりの人。ある程度キャリアを重ねた人は、自分の経験のフィルターを通してどんな本でも読み解いていきます。でも、まだ自分のフィルターが固まっていない人にこそ、直接届けたい言葉があります。
迷っているのは正常です。 最初の数年は、迷いと不安でいっぱいになるのが普通です。自分に向いているのか。このテーマで本当にいいのか。他の人はもっと進んでいるのではないか。SNSで見える同年代の華やかな成果と自分のあいだに、埋まらない距離があるように感じる。深夜に一人でこういうことを考えてしまう日が、必ずあります。でもそれは、あなたが真剣に研究に向き合っている証拠です。迷っていない研究者のほうが、むしろ心配です。迷いながら、不安を抱えながら、それでも一歩ずつ進んでいく。それが研究者になっていくプロセスそのものです。
ただし、迷いを誰にも話せない状態は、迷いそのものよりはるかに苦しいです。指導教員、先輩、同期、家族、研究の外の友人。誰でも構いません。 迷いを言葉にして話せる相手を、どこかに必ず確保しておいてください。 話すことで答えが出るとは限りませんが、話せる相手がいるという事実そのものが、研究を続けるための支えになります。助けを求めるのは弱さの表れではなく、賢明さの表れです。僕自身、何度も周りに助けられてここまで来ました。
完璧を待たなくていいです。 「もっと準備してから」「もっと読んでから」「もっと確信を持ってから」と足踏みしたくなる気持ちは、僕にもよくわかります。でも研究に完璧な準備はありません。不完全なまま動き出し、歩きながら考え、途中で軌道修正する。一歩を踏み出して初めて見えてくる景色があって、待っていてもその景色は見えません。
若いうちに、大胆に挑戦して、派手に失敗してください。 経験を積んでいくと、失敗のコストは感情的にも社会的にも上がっていきます。だからこそ、今の失敗は安い。僕自身、研究初期の失敗のほうが成功よりも自分を育ててくれた実感があります。最初の論文がリジェクトされたこと、共同研究で意見が噛み合わなくて空中分解したこと、計画が完全に崩れて方向転換せざるを得なかったこと。どれもその瞬間は痛かったけれど、振り返ると、今の自分のかなりの部分はそこから作られています。怖がらずに失敗して、そのたびに、何が起きたのかを言葉にして自分のなかに残しておいてください。
あなたがいるのは、僕が始めた頃とは違う風景です。 AIは日常の研究ツールになり、オープンサイエンスは常識になりつつあり、国際共著は当たり前になりました。分野の境界も柔らかくなっています。これは怖いことでもありますが、前の世代の正解が通用しないということは、あなた自身の正解を自分で作れるということでもあります。先輩が知らないツールの使い方、先輩が踏み込めなかった分野横断。新しい世代の特権として、遠慮なく使って構いません。一方で、問いを立てること、未知に向き合うこと、論理を組み立てること、文章を書ききること、誰かと協働すること――このあたりは、時代が変わっても古びない芯です。変わるものと変わらないものを見分ける目を、早いうちから持っておいてください。
自分のユニークさを削らないでください。 あなたにしかない視点、あなたの育ちのなかで自然に身についた感覚、あなたが当たり前だと思っていることのなかにある特別さ。標準的な研究者像に自分を寄せようとして、そこを削ってしまう必要はありません。むしろ、削りたくなる部分こそが、あなたの研究の独自性の源だったりします。研究室や学会で自分が少数派だと感じる場面があるかもしれませんが、その違和感も捨てずに持っておいてください。違和感を持っている人が一定数いることで、コミュニティ全体は健全になります。
受け取ったものを、次に渡していってください。 いつかあなたも、後輩を指導する立場になります。そのとき、自分が先輩や指導教員から受け取ったものを思い出してください。具体的な助言、議論のときの姿勢、許してもらった失敗、迷っていたときにかけてもらった言葉、なぜか覚えている雑談の一言。そのまま渡してほしいとは言いません。あなたが受け取ったときに違和感のあった部分は、変えてしまって構いません。研究コミュニティは、そうやってバトンを繋ぎながら、少しずつ良い形に書き換えられて続いていくものだと思います。
比べる相手は、昨日の自分でいいです。 早くから成果を出す人、じっくり時間をかけて深く掘る人、途中で分野を変える人、研究を続けながら別の役割も担う人。研究者のキャリアは本当に多様で、まっすぐな一本道ではありません。途中で進路を変えてもいいし、一時中断して戻ってきてもいい。アカデミアの外に出てから、別の形でまた研究と関わるようになってもいい。昨日より少し理解が深まったか、昨日より少し手が動くようになったか。その積み重ねが、あなたのペースでの成長です。
謝辞のようなもの
研究室で一緒に過ごしてきた学生たち、議論してくれた同僚、支えてくれた家族。この本の文章のなかには、その人たち一人ひとりとの会話の断片が溶け込んでいます。この本は僕一人で書いたものではなくて、これまで関わってくれた人たちと一緒に書いたものです。
そしてもちろん、ここまで読んでくれたあなた。あなたは、この本にとって最後の共著者のような存在です。あなたが読むことで、この本は初めて完成します。
この本のどこかに、あなたの助けになる一文があったなら、書いた側として何より嬉しいです。全部を覚えておく必要はありません。困ったときにふと思い出して戻ってくる場所として機能したら、それで十分です。
僕からあなたへ
あなたがこの先どんな研究者になっていくのか、僕には予想できません。これだけ多様な道がある世界で、誰がどんな形で花を咲かせるかは、当人にすら最後までわからないものです。でも一つだけ、勝手に信じていることがあります。それは、あなたはあなた自身のやり方で、必ずどこかに辿り着く、ということです。
早く着く必要はありません。まっすぐ行く必要もありません。寄り道しながら、ときどき休みながら、あなたが面白いと思える問いを、あなたが信頼できる人たちと一緒に追いかけていってください。
どこかですれ違うことがあったら、そのときは研究の話を聞かせてください。今のあなたの問いがどう育って、どんな形になったのか。途中の苦労や、思いがけずよかった寄り道のこと。喜びも迷いも、混ざったまま話してくれていいです。楽しみにしています。
あなたの旅に、心からのエールを送ります。