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発表と投稿の場を見渡す

前の章で、論文と学会と査読が、研究を共同体の知に変える仕組みだという話をしました。では、実際にどこへ出すのか。

研究を外に出す場には、いくつも種類があります。研究会、全国大会、ワークショップ、国際会議、論文誌、紀要。名前は聞いたことがあっても、どれに査読があり、どれが業績としてどう数えられ、どういう順番で使っていくものなのかは、研究室に入っただけでは教わらないことが多いと思います。

先輩が「来月の研究会に出す」と言い、指導教員が「それは全国大会でいいんじゃない」と言う。この二つが何を指していて、何が違うのかが分からないまま、なんとなく流れていく。よくある光景です。

ここで一度、全体の地図を描いておきます。この先の章では、この地図の上で話が進みます。

先に、大事な前提

査読があるかないかは、場の種類では決まりません。 同じ「ワークショップ」という名前でも、厳しい査読がつくものもあれば、申し込めば発表できるものもあります。論文誌でも、査読の厳しさは雑誌によってまるで違います。

以下の表に書くのは、あくまで 典型的にはこうなっていることが多い という傾向です。実際にどうなのかは、その場の募集要項(Call for Papers)を読めば必ず書いてあります。「査読の有無」「投稿区分」「ページ数」「締切」。この四つは、出す前に必ず自分の目で確認してください。先輩の「あれは査読ないから気楽だよ」を鵜呑みにすると、たまに事故ります。

国内の場

場査読分量の目安主な役割
研究会(研究報告・技術報告)典型的にはなし2〜8ページ途中経過を出して議論をもらう。年に数回開かれる
全国大会・年次大会典型的にはなし、または簡易な確認1〜2ページ学生の初めての発表。コミュニティの顔ぶれを知る
シンポジウム・ワークショップまちまち。査読つきのものも多い2〜8ページテーマを絞った濃い議論
論文誌(和文・英文)掲載区分による。「論文」ならあり6〜20ページ完成した研究を記録として残す
紀要機関による。なしのことも、内部の審査のみのこともあるまちまち所属機関が出す刊行物

研究会と全国大会に査読がないのは、質が低いからではなく、 出して議論してもらうための場 だという設計だからです。査読を通す時間をかけずに、いま考えていることを人前に出して反応をもらう。卒業研究の段階では、ここが最初の一歩になります。

紛らわしいもの

誌名だけでは査読の有無は判断できません。 学会が出す定期刊行物には、査読を経た研究論文を載せるもの(論文誌。英語では Transactions や Journal)と、会員向けに解説記事や学会の動向を載せるもの(学会誌・会誌。Magazine に相当)があります。この二つを別々の名前で出している学会も多いのですが、 一つの誌名のなかに両方が同居している学会もあります 。たとえば教育システム情報学会誌には、査読を経た論文と、依頼を受けて書かれた解説や特集記事が、同じ号に並びます。

だから見るべきは誌名ではなく、 掲載区分 です。「論文」「ショートノート」「解説」「特集」といった区分が、目次や各記事の冒頭に書かれています。自分が投稿するときも、業績リストに書くときも、この区分まで含めて確認してください。解説記事は分野を知るために読むにはとても良いものですが、査読つきの論文とは位置づけが違います。

紀要は、所属する大学や学部が出す刊行物です。 査読の有無や審査の厳しさは機関によってまちまちで、外部の研究者の目に触れる度合いも限られます。手軽に出せる反面、その論文を後から国際的な場に出したいときに、扱いが面倒になることもあります。出す前に、指導教員に「これは紀要でいいのか、外に出す価値があるのか」を一度相談してください。

お金を払えば載る雑誌があります。 査読があると謳いながら実質的な審査をせず、掲載料を取ることを目的にした雑誌が、この二十年で急増しました。名前が有名誌に似ていたり、専門外の分野から突然投稿を勧誘するメールが来たりします。判断に迷ったら、その雑誌に自分の分野の知っている研究者が載っているか、指導教員が名前を知っているか、を確かめるのが確実です。学生のうちは、自分ひとりで投稿先を決めないのが安全です。

国外の場

場査読分量の目安主な役割
国際会議(フルペーパー)あり。採択率は分野により1〜3割程度6〜12ページ完成した貢献を国際的に問う
国際会議(ショート・ポスター・デモ)あり(フルより軽めのことが多い)2〜6ページ途中段階の成果や実装を見せる
併設ワークショップあり。採択率は本会議より高いことが多い2〜12ページ特定テーマの議論。本会議の前後に開かれる
国際論文誌あり8〜30ページ完成度と深さ
プレプリントサーバーなし(公開するだけ)制限なし先取権の主張と、早いフィードバック

国際会議の投稿区分は学会によって呼び名が変わります。ショートペーパー、ポスター、デモンストレーション、遅れて届いた成果を扱う枠、博士学生が研究計画を相談する枠。どれも査読はありますが、フルペーパーより採択のハードルは低めに設定されているのが一般的です。フルで落ちた原稿を短くしてショートに出し直す、という動き方もよくあります。

併設ワークショップは、卒論・修論の段階で国際的な場に出てみたいときの、現実的な入り口になります。参加者が絞られている分、議論が濃く、同じ関心を持つ人と知り合いやすい。

論文誌の投稿区分にも種別があります。通常の「論文」のほかに、速報性を重視した「レター」や「短報」、分野の動向をまとめた「解説」や「サーベイ」。短報は分量が少ない分だけ審査が速く、結果が出たところまでで一度出す、という使い方ができます。解説やサーベイは依頼されて書くことが多く、学生が最初に書くものではありません。

査読の有無が左右すること

質の保証の度合い。 査読つきの論文は、専門家が方法と結論の妥当性を確認しています。査読なしの予稿は、著者が書いたものがそのまま載ります。間違っているという意味ではなく、 第三者の確認を経ていない という意味です。

業績としての扱い。 多くの分野で、査読つきの論文が業績の中心に数えられます。査読なしの発表は「発表した」という記録にはなりますが、同じようには数えられません。ここは分野差が大きいので、自分の分野の基準は先輩の業績リストで確かめるのが早いです。

次につなげられるかどうか。 研究会や全国大会で発表した内容を、後から論文誌に投稿するのは、多くの学会で認められています。予稿は「発表の記録」であって「出版物」ではない、という扱いだからです。一方、国際会議のフルペーパーとして出版された内容をそのままジャーナルに出すのは二重投稿になります。どこまで拡張すれば別の論文として認められるかは規定によるので、投稿前に確認してください。

読む側・引用する側としての地図

この地図は、自分が出すときだけでなく、 他人の研究を読んで引用するとき にも効いてきます。

査読なしの予稿やプレプリントを引用してはいけない、ということはありません。最新の動向はまず査読を通っていない形で出てくるので、引用しないほうが不自然な場面もあります。気をつけるのは二点です。

一つは、 査読つきの版が出ていないか確認すること 。プレプリントで読んだ論文が、その後に会議やジャーナルに採択されていることはよくあります。その場合は採択された版を引用します。内容が改訂されていることもあるので、確認せずに古い版から引くと、存在しない記述を引用してしまいます。

もう一つは、 その研究の位置づけを本文で示すこと 。「査読を経ていない段階の報告だが」「予備的な結果として」と一言添えるだけで、読者はその主張をどの程度の強さで受け取ればよいかが分かります。同じ目は自分の原稿にも向けてください。主張の根拠が査読なしの資料だけで組まれていると、査読者はそこを突きます。

学生のうちの進み方

典型的な順路は、だいたい次のようになります。

研究会か全国大会で初めて発表する。質問に答えられずに悔しい思いをする。指摘を受けて研究を直す。もう一度どこかで発表する。ここまでで、人前で自分の研究を話すことにだいぶ慣れます。そのうえで、まとまってきた段階で査読つきの場に出す。国内の論文誌か、国際会議のショート、あるいは併設ワークショップ。そこで通れば、次はフルペーパーや論文誌を狙う。

この順路を全部通らないといけないわけではありません。修士のうちに国際会議のフルペーパーが通る人もいます。ただ、 査読なしの場で場数を踏んでおくと、査読つきの場で落ち着いていられる のは確かです。

分野による重みの違いも頭に入れておいてください。情報系の一部では、トップ国際会議がジャーナルより重く見られます。生命科学系では、ジャーナルが業績の中心で、会議は途中経過を見せる場という位置づけが強い。自分の分野がどちらなのかは、指導教員や先輩の業績リストを眺めれば見当がつきます。

それぞれの場で実際に何が起きるか、どう準備するかは、第7部で扱います。査読という制度そのものの仕組みは 査読の仕組み、投稿の実務は 論文投稿プロセス にあります。